コラム勝木氏 コラム

勝木氏 コラム

第十一話「製麹と麹室」

日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第十一話です。
■勝木 慶一郎氏 紹介
・醸造家酒造歴:50年
 佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善
 SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも
 多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く

  松本酒造では、醸造酒の中で「清酒」として特徴づける「こうじ」を作る工程を「製(せい)麹(きく)」と呼び、製麹の操作を「麹室(こうじむろ)」と呼ぶ特別に設え工夫された部屋で日夜行われている。施設は蔵の二階にあり、気温の低い冬の季節でも「コウジ黴」が上手く生えるように、室温は高く、湿度を低く保たれており、その雰囲気で菌は静かに生育している。


Photo:立春の朝仕込みに立ち上る湯気 2021.2.3 am6:45
 Photo:立春の朝仕込みに立ち上る湯気 2021.2.3 am6:45


 コロナ禍といえ、楽しく飲めば酒は日常の生活に欠かせない。酒について学ぶ時、第一章はWhisky、Cognac、焼酎を仲間とする「蒸留酒」とWine、Beer、Sake、を仲間とする「醸造酒」の二つに大きく分けて書いてある。さらに主な醸造酒はWine、Beer、Sakeの三つがあり、それぞれ醗酵のスタイルを異にしている。例えばWineの原料は果実や果汁の段階で既に糖分を含んでおり、その名の通り「ブドウ糖と果糖」を主体としている。Wineは、人の手を借りずとも独りで酒に至る可能性が大きい。Wineを代表とする果実酒を「単醗酵酒」と呼ぶ。Beerは大麦を、Sakeは米を原料とし何れも主食である穀物に求めている。Beerにおいては麦が芽を出し生育に必要とする体内の澱粉を発芽のエネルギーを得るために作られる、ある物質の力、後に糖化酵素と呼ばれる物質の助けを借りて麦芽の澱粉を糖に分解し更に酵母の働きで、二酸化炭素とアルコールに変えてガスとアルコールを含むBeerとして誕生した。糖化工程と醗酵工程の2つに分かれた工程を複式醗酵と呼ぶ。ところでSakeは、原料米の内20%の米にカビを生やし、カビが作る澱粉を糖に変えるある物質、麦芽とは異なる種類の糖化酵素の力を借りて残り80%の米澱粉を糖に変え更に酵母の働きで、二酸化炭素とアルコールを作り華やかな香りを持つ清酒として生活の中で時間を掛け洗練されてきた。特に清酒は糖化と醗酵の二つの工程が同時並行して同じ容器の中で進行するため平行複醗酵と呼ばれる。Wineは基本醗酵過程で水は一滴も加えない。しかし、我らがSake、Beerは、麦芽や麹の糖化力を最も大切な「原料水」の中で存分に力を発揮出来るように工夫している。だから伏見や灘における水の要素は極めて重要なのです。
今日では、麦芽に含まれ、さらにコウジ菌が生産する澱粉を糖に変える力。加えて酵母が持つ糖を炭酸ガスとアルコールに変える未知の力をそれぞれ「酵素」と呼ぶことは皆さんもよく知っている。そこで、改めてWineとBeer、Sake、の決定的な違いは何でしょう? SakeもBeerも人が酒を飲みたいという強い要求があり、人智のたどり着いた結果であろうと思います。例えば、Wineは大らかに地域の気候や土壌など、どちらかと言えば農業として話しかける事が多い。しかるに、Sakeはやたら、理屈を語り数値や操作を好んで話題に取り上げる。話しかける方向性が明らかに違うように感じるのですが、皆様いかがでしょう。
 酒屋では、麹を育てる際に「種麹」を使う。別名「もやし」ともいう。BeerとSakeは同じ醸造酒の仲間であっても原料を糖化する手段が大きく異なる。Beerは麦芽を用いる。麦芽は大きく「穀(こく)芽(が)」の仲間であり糖化剤として大昔から使われてきた。穀類の種子は水に浸かると胚でジベレリン(植物ホルモン)が合成され次にアミラーゼの合成が誘発される。種が芽を出そうと体内で蠢くときに必要なエネルギーを得るために糖化酵素が作られる。この現象を上手く利用して麦芽は身近に「水飴」として我が国では、砂糖伝来以前の甘味剤として利用されてきた。植物が芽を出す様を萌えると言う。この「もえる」と「もやし・萌やし」は同じ生命現象を表している。さらに稲は生育の過程で「分蘖(ぶんげつ)」といい、株別れをしながら茎を伸ばし、やがて穂を出していく。ここで「蘖」の字は、古代中国で醸造に用いられた麹と思われる。生命現象として麦芽や、Sakeの種麹、さらに中華そばにのっている「もやし」も同じ意味を有する近い仲間である。
 正月にお供えした鏡餅には、やがて自然に緑やピンクのカビが生えてくる。しかし、蒸した米にカビを生やし「麹」にしてカビが作る酵素を酒造に用いるには、何時とも知れず、種類も勝手に生えてもらっても困る。そこで醸造家は、必ず種麹を使う。種麹のルーツは「文安のこうじ騒動」の時代に遡る。以来「もやし屋」として営まれ清酒、味噌、醤油、みりん等、我が国の醸造業に特化したバイオテクノロジーを家業として長い時間を醸造業と供に生きて、共存共栄の道を築き今日に至っている。
種麹は、植物の稲に例えれば「野生稲」から籾の脱粒性を無くした品種を人が選び育てた「栽培種」に似ている。やがて近代化され農事試験場で系統分離され品種として「山田錦」や「コシヒカリ」と名前が付けられている。「種麹」も1,000年の時間をかけ選抜され、分離し継代培養され、ある種麹屋では「ダイヤモンド」「ハイG」など特徴に合わせた名前が付いている。それぞれに酒造家の支持を得た「種麹」が、全国の酒造家の麹室において製麹され「麹米」として仕込みに用いられる。全国各地の酒造家の「仕込み水」の中で存分に酵素力を発揮して地域性豊かな酒を醸し、地域特有の食文化の一翼を担って来た。
清酒技術を語るとき「原料に勝る技術無し」といわれる。さらに焦点を合わせると、原料は単に米では無く、始めに水が有り、次に米を加工した「麹米」がある。こうして、理屈は語られる。



           種麹散布中


 麹室では、昔は「大師(だいし)」今は「麹師(こうじし)」と呼ばれる麹室の責任者により蒸した米に「種麹」として、黄麹菌 [Aspergillus oryzea]の分生胞子をごく少量散布し、ラグビーボール状の蒸米の表面から内部に菌糸を発育させ、やがて菌体内に酵素を蓄積させ糖化酵素として個体のまま使用する事を清酒醸造では、最大の特徴としている。このようにして蒸した米に麹菌を生育させ米から変化した固体を「麹」と呼ぶ。
麹米は原料米全体で20%を占め、残り80%は「掛け米」になり麹の酵素により糖化され、さらに酵母により、二酸化炭素とアルコールに変わり清酒に生まれ変わる。



                 仕込み配合表



         麹室と呼ばれる寒い酒造期間に麹を作るために用意された専用施設の概要です。


1.室の備えるべき要件は、① 断熱し保温された部屋 ② 室温30℃を維持するに必要な熱源と温度コントローラー ③ 天窓換気装置及び目的に適う製麹箱、床、棚、及び切り返し機から構成された、製麹システムと見る事が正しい。天窓と言う換気装置は、あくまで換気が目的であり、目的とする湿度への調整は出来ない。
※伝統的に酒造場では、湿度を直接言わず、乾湿度計の乾球と湿球の差で湿度を表現する。

2.① 麹室設計基準:白米引き込み量(製麹量)1.8kg/m3--- 容積当 高さ:2.2mを基準とする。
  ② 床、棚面積はそれぞれ:18.75kg/m2   
  ③ 床+棚面積m2/室総床面積の40%を基準とする。

3.麹室の構造は、至ってシンプルである。気温5℃程度の冬期に蔵の内部に隔壁を設け独立させ、十分な断熱、保温を施し30℃程度に十分室温を維持できる部屋とします。

4.冬期に蒸した米に「麹菌」を繁殖させるには、発育に適切な品温が維持できる条件として、麹菌は好気性の糸状菌であり、十分量の新鮮な(空気)酸素を生育に必要とする。その為に「天窓」と呼ぶ、蔵内で室の外の空気を取り入れる換気口、ならびに室内の空気の出口を一対を一組とする、長短差のある煙道及び、空気の流入量を調節出来るシャッター(引き戸)を装備する工夫が必要である。
  ※麹室内の空気を乾燥状態に置く理由は、他の細菌類の生育を抑制し、麹カビを優先的に生育させる為の条件である。麹菌は散布後24時間程度テーブル上に置かれる、床期間と言い、床では綿布に包まれ保温、保湿される。次に、一度解され棚期間と呼ばれ「麹箱」小分けして、移された後は、専用の木箱の内で生育される。もちろん生育中の麹菌の周囲の雰囲気は、湿度100%に近い状態で推移する。

5.室内の空気の入れ換え方法には、自然換気方式と強制換気式がある。松本酒造で採用しており今回、説明する方式は、自然換気法です。

6.冬期に外気5℃の空気と、30℃に温められた室内の空気は当然比重(密度)が異なり低い煙道を通り、室内へ導かれ、室内で温められて、気体は軽くなり膨張し体積が増え比重は軽くなる。その結果、室外へ排出される。この一連の運動は、室内と室外の温度差が重要な要素となる。室外温度と室内温度差 = Δt を気道の高低差、Δhで導き、更には、天窓(換気口)であるシャッターの開閉度で流入量の調整を行う。(酸素供給と製麹中にでる湿気の排出を同時に行う)この条件を、冬期に蔵内で麹室の外側にある空気5℃、麹室内30℃を維持し、麹の生育に十分な換気を得るには、Δh=2~3mの高低差を要する。(冬期に実際に運用し、高さを調整し確かめる)

7.この条件を維持するには、熱源と制御機構を必要とする。加熱装置としては、かつては空中温床線を主としたが、最近はパネルヒーターが安全で普及した。熱量はどの程度必要かは、蒸し米の引き込み量、室の気積(容量)及び断熱程度と外気とのΔt(温度差)により幅がある。必要な要件は、冬期に換気口(引き戸)を3cm程開き、30℃を維持できれば良い。温床線、パネルヒーターは一単相200V、500Wであり、通常の酒造場では、三相動力線(200V)から配線する場合には、ヒーターの設置数は、3の倍数とした方がより効率が良く松本酒造では、幅:8m 長さ:12m高さ:2.4mの麹室内の熱源は、温床線、9本で計4.5Kwある。

8.自然換気方の限界は、言うまでも無く室外と室内の温度差(密度差)で生じる空気の入れ替わりが生じる事を根拠としている。従って、秋口と春先、更には初夏に成るに従い室の室外と室内の温度差が減少し、やがて無くなれば、換気(酸素の供給)は生じない。

清酒醸造蔵は、冬の寒い時期に作業が行われ蔵内は、摩訶不思議な空間が複数有り、それぞれ調和しで酒造の各工程が成り立っている。精米所は、精米時に出る摩擦熱で室内は暖かく、米を洗う作業場は空気(10℃)も水(5℃)も冷たい。洗った米を保管(15℃)するには、適度な保温が必要で甑に張る米が冷た過ぎれば、蒸し上がりに悪い影響を及ぼす。浸漬米を蒸す現場では蒸しが出来上がり、甑から蒸米を取り出す際に作業者の肌に当たる蒸気(50℃・湿度90%)は相当に熱い。甑上部のフードには、余分な蒸気を蔵の外へ出すために換気扇は激しく回り、外へ湯気をはき出している。
また、仕込みに使う蒸米は放冷機で室温(5℃)近くまで冷却する。麹室内(30℃・湿度40%)は、冬を忘れるくらいに暖かく加えて非常に湿度が低い。仕込みに使う井戸水(18℃)は冷却機で(3℃)冷やされている。寒い時期に木造の蔵の中では、寒い場所、温かく非常に空気が乾燥している場所、室温が高く湿度も猛烈に高い場所が渾然一体となって存在している。
このように清酒醸造に於いては、冬の気候が酒造全体を最適な酒造環境へもたらしている。逆に夏の暑くて、湿度の高い日本の気候では、酒造に最適な環境を人工的に作り出すことは、現在の技術を用いれば不可能では無いが非常に多くのエネルギーを必要とする。



           麹室内の配置図 
緑:床(とこ) 水色:棚(たな) 黄:製麹箱 薄茶:物置台



           作業空間
  ゆとりある木造建築の空間は、作業を快適にする。

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