コラム勝木氏 コラム

勝木氏 コラム

第九話「放冷」

日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第九話です。
■勝木 慶一郎氏 紹介
・醸造家酒造歴:50年
 佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善
 SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも
 多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く

酒蔵の朝は、かまびすしい。蔵の仕掛かりは早い、まだ世間は暗く、しじまに潜む6:00を回ると三々五々蔵人が会所場に集まり、朝のあいさつと作業の確認が済めば、6:30に作業がはじまる。前日に洗い適宜に水を吸わせきちんと水を切っておいた白米を数台の甑に張り分けた後、それぞれ蒸し上がり時刻を調整し時間をずらし蒸気を吹き込む作業から始まる。作業はあちらこちらで同時並行して進行しており、麹室から出来上がった麹を出す係、酒母に氷を詰めた冷却缶の入れ替えをする人、醗酵中の醪へ櫂を入れ試料をサンプリングし漏斗で漉して分析試料を調整する係、醪の表情を観察し温度を確認し記録を取る人それぞれが自分のペースでミズスマシのように動いている。やがて7:40に蒸し上がりを皆に知らせる鐘が鳴り散らばっていた人達がそれぞれの持ち場を一端離れて「放(ほう)冷機(れいき)」の周りに集まって来る。集中と分散の作業形態が酒造の大きな特徴です。


 Photo:“Horeiki”「放冷機」February 14, 2021 7:40 am


蒸米を冷やす装置を「放冷機」と呼びます。醸造工程が近代化する以前は、冬期の寒冷な外気を取り入れる工夫として、それぞれの立地条件に合った風の向きに合うように仕込み蔵は建てられていた。かつて、松本酒造の仕込み蔵「大黒蔵」では、新高瀬川に沿って南北に配置され真冬の比叡おろし北西風を受けやすく壁の側面に「地窓」と呼ぶ換気窓をデザインに配慮し合理的に設け外気を取り入れようと工夫され適宜に室温を調整し、筵に広げた蒸し米をさらして冷却を行っていた。
精米機、ホーロータンク、洗米機は既に1930年代までに開発整備されていたが、「放冷機」は、1950年代に至り新たに清酒の近代化の取り組みとして「蒸し米冷却機」としてデビューした。構造は樹脂製サランネットをコイル状に伸縮可能な金網の上に敷きネットコンベヤーとして設けネット上に10cm程に広げ蒸米の空気層を横に移動させネットの側面胴体に設置した排風機により連続的に蒸米の上層部から垂直に下へ風を通し熱を取る機械として開発された。
「放冷機」は、右手に「甑」を据えホッパーへ投入した蒸米を登り勾配のネットコンベアー上に広げ途中で二度米層を撹拌し厚みを調整しつつ連続的に冷やす装置。時間当たりの冷却処理能力は、ネットの長さでは無く幅に依存する。冷却効率は、その日の室温と湿度に左右されるが、冬期に運用する最大の利点は空気中の保有水分量である「絶対湿度」に依っている。酒造に求める道具としての真の能力は、①蒸し米品温を効率よく下げるだけでは無く②麹米、添、仲、留等の仕込み区分毎に細かい温度調整能力を可能にする事を目的にしている。従って冷却設定温度に連動したネットスピードを連続可変できる装置や冷却ファンの回転数値制御機能など近年導入され活躍している。







蒸米は右端の甑から投入されネット上を左へ進む、米層は段々薄くなり適温に至る。ネットは、サランネットからステンレス製スパイラルワイヤー、更にヘリンボンタイプへ形状が進化して、欠けた米粒による網の目が詰まる障害が少なくなった。



空気線図から見た蒸し米放冷機の解析をします。





Q.1 何度まで冷やせるのですか?
A.1 ヒントは、麹室で使用している「乾湿度計」にあります。
通常、麹室で製麹を行う場合に、麹室温30℃、湿球20℃の時、乾湿差10℃にある。
その時室の空気の状態は、相対湿度RH 39.3%≒40%であるといえます。
麹室において室温30℃、湿球は20℃のこの状態は、生育中の麹から蒸発潜熱により熱が奪われる状態を示しています。同じように放冷の場合を見てみると、蔵内の室温10℃、湿球は6℃相対湿度RH=54.3%にある放冷機のネット上にある蒸し米は表面の水分が気化する時に蒸し米の温度を下げます。したがって、蒸米は室温まで下がる。さらに蒸米表面の境膜を風と撹拌で奪うため室温の湿球温度6℃まで下がる可能性があります。
A.2 しかし、実際は、室温(状態点)から、エンタルピの値を読み+3(経験値)の値を上に伸ばし、相対湿度100%に線を下ろし、更に下に下げると結果は示されますが、作業現場では、実測値の湿球温度+1℃位7℃程度まで下がるだろうと予測できます。

Q.2 蒸し米を冷やす作業を「放冷」と呼ぶそうですが?作業内容と時間が知りたいです。
A.1 原料処理の担当者は、数台使う甑の一台目に浸漬米を入れ終わった後、am6:50には、放冷機の準備に懸かります。始めに前日に掛けられたカバーを取り、ネットを始動させ次にインバータ変速機で予定されている蒸し米の冷却条件に合うスピードに室内温度を見て調整します。am:7:40には最初の甑が蒸し上がり、甑が放冷機に連結され蒸された米が投入されて実際の放冷作業に入ります。毎朝の蔵内の気温や次の工程で要求される麹米用か掛米用など次の作業次第でネットのスピードと排風機の風量を実際の蒸し米の温度と蒸し米の「さばけ」という蒸し米を手の感触で確かめ微調整をします。日々の作業時間は、その日の仕込み区分や、精米歩合の違いにより、時間は前後へずれていきます。また、それぞれの蒸米の性状は多少の差があります。しかし、午前中には、仕込作業は終わり放冷機本体の洗浄作業や周辺の整理整頓も終わり再び蔵内に静寂を取り戻します。醗酵タンクに耳を近づけると中で酵母がひそひそとつぶやき、パチンと泡がはじける音がかすかに聞こえます。


Photo:“Horeiki”「放冷作業」February 14, 2021 8:10 am


2月は、古い暦では「如月」きさらぎと言い季節は一段と寒くなり更に上着を重ねる真冬の時期と呼びます。しかし、旧暦(太陰太陽暦)と新暦(太陽暦)とは、季節感にずれが生じています。2021年は暦の調整で節分(季節が冬から春に移る)が2/2になり、春の始まりとされる立春は2/3です。3/1は立春を過ぎて最初に春の訪れを感じる温かい南風が伏見に強い風を吹かせました。「春一番」です。急に春の装いです。街に出て通りの商店のウインドウを覗くと棚には、春を待つかの様に「ひな人形」が飾ってあります。来る3/3は「雛の節句」と言い、女子の子供の健やかな成長を祈り、部屋には「雛飾り」を飾り家族で揃って「白酒」をいただきます。


Photo:ひな人形 「Emperor and empress dolls」「内裏雛」2021.2.4 伏見大手筋商店街

個人情報保護とCookieの使用について

当サイトでは、お客さまにより快適にウェブサイトをご利用いただくためCookieを使用させていただくことがあります。当サイトをご覧いただく際は、Cookieの使用に同意ください。
また、このままサイトを閲覧し続けた場合もCookieの使用に同意したとみなします。
ブラウザの設定により、Cookieの受信を拒否することが可能です。