コラム勝木氏 コラム

勝木氏 コラム

第八話「蒸し米」

日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第八話です。
■勝木 慶一郎氏 紹介
・醸造家酒造歴:50年
 佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善
 SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも
 多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く



清酒醸造は、
①原料となる玄米を品種、産地、精米歩合、に仕分けて精米を行い、精米後(水分8%)一定期間(10日から20日間)程度「枯らし期間」と呼ぶ時間を設け、水分の平衡を計り(水分13%)に戻す。ここで、始めて洗米に供する原料米となる。
②洗米は白米を人の手、又は洗米機を用いて大量の水(白米の約10倍)で洗い、十分な水で濯ぎ、米の品種、精米歩合毎に一定の吸水歩合になるように水を限定して吸わせる。
③この浸漬(しんせき)した白米を翌日朝早く、am;6:40~am;9:00までの時間帯で目的の原料区分に分けて蒸気を利用し「甑(こしき)」と呼ぶ装置で60分間蒸気を通し蒸す作業を行う。使用する原料を蒸気で蒸し工程は、他の醸造酒の中でも清酒が持つ豊かな香りと落ち着いた味をもたらす。近代清酒醸造は、蒸しに始まったと言って良い。江戸時代は[ 1603-1868 ]「和釜」と呼ばれる大きな釜に甑を乗せて燃料に薪を用いた。やがて明治に入り石炭へ移行し、昭和に入ると石油を燃料としたオイルバーナーに移行し、各種工場や船舶の動力源として実用化された蒸気ボイラーも昭和50年代には、小型化に合わせ自動化が進み和釜に変わり小型貫流式蒸気ボイラーに進歩した。現在は燃料を重油から天然ガスに転換し、大釜で湧かす蒸気からボイラー蒸気に変わったが和釜と同じ働きを「整蒸機」と呼ばれる再沸騰装置で蒸気を作り、バッチ式、連続式にかかわらず江戸時代と変わらず甑と呼ばれる装置で米を蒸している。
ボイラーから甑に導かれる蒸気の経路





      「蒸し」Photo:2012.1.22 am 7:35





ここで見学者の質問に答えてみます。
Q-1.なぜ、清酒(さけ)醸造(つくり)では米を蒸すのですか?
A-1. 加熱殺菌です。原料米全体を最初に十分殺菌(60分間)させる理由の第一は、「開放醗酵」と呼ばれる造りの全期間を通し、例えば、カビを用いる製麹工程でバクテリヤの侵入を防ぎ、酒母の育成工程中の野生酵母の侵入を防ぎ、長期になる醗酵工程において乳酸菌の感染を予防し醗酵期間の安定した温度管理を可能にします。二番目に蒸気で蒸す事により白米澱粉のα化(加熱により澱粉構造をほぐす)を計り、「麹(こうじ)米(まい)」に麹菌の生育を容易にさせ、加えて麹菌によりもたらされる酵素による「掛(かけ)米(まい)」澱粉の分解を進め「エキス分(ブドウ糖)」を酵母へ十分な量を供給し、酵母の代謝によりアルコール作り(13%~16%)合わせて清酒特有の爽やかな香りと落ち着いた酸味、旨みをもたらしてくれます。

Q-2.カビを使う麹菌(こうじきん)の生育には、なぜ蒸す操作が重要なのですか?
A-2.麹とは穀類にカビを生(は)やし、菌の生育代謝の過程で自身の生存の為につくる酵素を利用し、カビが生えた固体のまま利用します。中国では古来、麹を作る時に生の澱粉にケカビ:[Mucorales]クモノスカビ[Rhizopus]を用います。しかし、我が国では黄麹(きこうじ)カビ(日本コウジカビ)[Aspergillus oryzae]を伝統的に用いています。加熱により生澱粉に生(は)える可能性のあるカビを排除し、生(なま)澱粉には生育できない黄麹菌を優先的に生やす事が可能となり、麹室で最適な温度と湿度で操作される製麹作業により、最短時間(45時間)で麹菌の菌体量を増やさずに増殖を図り、目的の酵素をバランス良く持つ米麹に仕上がります。

Q-3.米の加熱には、日常家庭では炊く方法が一般的ですが蒸すのはなぜですか?
A-3.米を炊飯する時に、容器を直火で加熱する場合には熱の不均衡で「焦げ」が生じる事があるが、蒸す時の蒸気温度は、100℃を超える事は通常では起こらない。また、加熱後の冷却作業を考慮し清酒醸造の進化の仮定で蒸す操作が選択されたと思われます。
A-4.蒸された米は、物性がパラパラと粘りが少なくなり、次の「放冷」と呼ばれる工程で、それぞれの操作区分の目的に応じる冷却の調整を十分可能とし、「麹米」では40℃まで冷まして麹室へ引き込み、「掛米」では、添仕込みは11℃、仲仕込みは7℃、留仕込みは6℃とそれぞれの異なる目的の温度帯に仕分ける細かい配慮を可能としました。こうした作業を連続して行う為に、作業内容に応じ「甑」を2~4台と使い分け作業効率と精度を高める工夫をしている。

Q-4.大体、理解出来ました。それにしても清酒醸造は、特に寒い時期を選んで酒を仕込みますが、その理由は「蒸し」後に「冷却」が同時併行して行い易い気温が低く、しかも乾燥した季節を選んでいるのでしょうか?
A-4.現在の清酒醸造は、「寒づくり」と呼ばれています。江戸時代 [ 1603-1868 ]を通し試行錯誤で進化して「千石蔵の酒造マニファクチャ」として完成し、入れ物として大規模な木造蔵の定型化、杜氏制度と呼ばれる働く人達の作業の統制システムと蒸しの方法や用いる道具等の整備は種々工夫されました。ただし今日まで基本的な考えかたや製造方法は殆ど変わっていません。別の機会に「寒づくりと湿り空気線図」として空気の状態から酒造を見る話をします。



「蒸し米の用途別に、甑[ koshiki ]を4台時間差で稼働し使用する」
Photo:2021.2.23


Q.5 肝心な蒸しの作業時間割を教えて下さい。
A.5 早朝6:20には、杜氏を始め蔵人全員が揃い、簡単な打ち合わせを行った後に6:30から作業を始めます。作業の区分は、大まかに次のように分かれます。蒸す班は、3名で作業し、前日に洗って水に漬け、適度に湿らせた米が入っているジャンボックスを甑の前まで移動させ、一人が「掻き桶」と呼ばれるシャベルで米をポリ桶に10kg程移し、残り二人により蒸気の通りを平均するように甑全面に米粒の密度が均一になるようにバランス良く撒き最後は表面を平らに均して綿布で覆い蒸気を投入する。甑への蒸気の投入は、蒸し上がりの予定に合わせ順次ずらしてバルブを開ける。全部の米を甑に入れ終わる時間は3台に張り込む時で、約30分かかる。張り込みが終わると一人は周囲を箒で入れる際に落ちて散らばった米粒を集めて捨てる。残り二名で使い終わったジャンボックスから水切りの金網を出しブラッシングし熱湯を掛けて洗浄する。空いたボックスも同様に洗い、今日の洗米から浸漬へ繋がる準備を連続して行います。6:25から始めて甑への張り込み終了が、7:00、すぐに浸漬槽に使ったジャンボックスの洗浄と仕上げが終わるのが、7:30。必ずしも毎日順調に作業は終わらない。その時は、仕込みにかかる他のメンバーが手伝い作業を終わらせる。
A.5-2 清酒醸造の仕込み作業の特徴は、午前中が特に忙しい。①蒸す班、②放冷機を準備稼働させる班、③麹を作る班、④酒母と醪を管理する班、⑤酒母や醪から分析試料を採取し分析しデータを纏める班、⑥醪を搾り酒と粕に分ける班、⑦出来た酒を濾過精製し、瓶とタンクに火入れ貯蔵する班、⑧詰めるための瓶を洗う班、⑨瓶に詰まった酒にラベルを貼り、出荷に供える班とそれぞれ数名の班編制で作業は同時並行で進む。
A.5-3 ただし、蒸した米を目的に応じて冷やし、①麹米を室へ引き込む、②酒母掛け米を仕込む、③掛け米を醪に仕込む、これらの三つの作業は、可能な限り全員が参加して共同で行われる。このような、一日の作業の途中で各自の専門の作業現場と別にほぼ全員で離合集散する作業形態が清酒醸造仕込みの大きな特徴となっている。仕込みの作業は、二泊三日の製麹工程と10日間の酒母工程、醪工程の一単位約30日間で終わる並列バッチ式で微生物を主役とするためにカレンダーに基づく土日の固定された休日は仕込み期間中は無い。作業は毎日次に予定された仕込み計画に沿い、新たに連続している。ただ、人は週に一回、月に五日間、全員が日をずらし交代で休みを取る。作業の進行に必要なメンバーの交代はシームレスで行えるように一人が数カ所の作業を交代できるシステムが完成しています。



    甑に米を張る作業 Photo: 2020.12.02 am 6:45


蒸し米は、一段にして同じ厚みで蒸す事を原則としている。使用区分の違う二種類の米を蒸す場合には、仕切り板を移動させ左右の米の厚みを揃え表面を均し板で平らにし行われる場合も生じる。甑は蒸気を入れるときには必ず綿布で全面を覆う。布の表面から繊維の隙間を通り蒸気は抜けていくが、布で覆われているために内圧が少し懸かる。これにより米の表面温度が均一に保たれる。飽くまで甑全体が均一に蒸し上がることが次の工程の再現性に大きく影響を及ぼします。



 浸漬米の甑への張り込み作業 Photo:2020.12.30 am 6:35



  浸漬用ジャンボックス photo:2020.12.30 am 10:15

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