コラム勝木氏 コラム

勝木氏 コラム

第十三話「一麹、二酛、三造り」その一

日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第十三話です。

 松本酒造は、伏見にあり近鉄電車桃山御陵前駅より大手筋商店街を真西に下り堀川を渡ると見えてくる。場所も良く、ロケーションも素晴らしい。来客もあれば、見学者も多い。
蔵に訪れた人達に何を伝えるか、松本酒造が伏見に在る理由を始め、これから先の清酒の存在意義を確かめるためにも見学者の質問に答えた対話の様子で再現したい。



                    レンガ蔵

見学者A:レンガ蔵でスライドを使い説明の後、実際の麹を見ましたが、よく解りません。
案内人K:「一麹、二酛、三造り」といい、清酒造りの一番の要です。酒の麹についてより詳しく説明します。図を見て下さい。



麹は、穀物に「カビ」を生やしたモノです。
見学者B:穀物とはなんですか。主に米ですか?
案内人K:「穀物」とは、イネ科の植物の「種子」です。世界の大半の人は穀類を主食にします。
見学者B:穀物に「カビ」を生やして麹にすると説明がありましたが、餅に生えるあのカビですか?
案内人K:餅にもカビは生えますが、カビとは、進化の中でこのような位置づけになります。




地球上の生物は、大きく3つのグループに分かれます。細胞膜で仕切られた細胞中にDNAやRNAを収納する核の有る無し、カビは細胞核を持ち、その中で真菌類に属し、酒で活躍する麹カビと酵母は同じ仲間に属します。また乳酸菌、還元菌は、核を持たない原核生物に属します。




見学者A:よく解りません。同じ仲間と言われても、麹菌と酵母の働きは違いますよね。
見学者C:穀物にカビを生やして麹にして、利用している事は、少し理解しました。麹は日本古来のモノですか?




案内人K:穀物麹は、東アジア特有の「カビ文化」と考えられています。日本へは、稲作とセットとして、数次にわたり海を渡って来た「稲作農耕文化」の中で水田農耕技術、農具、祭礼等の中に含まれて、人と共に来たと考える事が合理的と思います。
見学者A:大陸にも麹はあるんですね?
案内者K:古代から現在もあり続いていますが、日本の麹の進歩はまるで他とは異なります。一番の違いは、カビの種類が違います。次に麹のスタイルが違います。違って今に至る原因は、南北に長い日本列島の気候、特に空気の状態の違い。また主食の調理法に原因を推定されています。



この図のように、大陸では「クモノスカビ」や「ケカビ」で麹が作られますが、日本では、なぜか加熱処理をした穀物に生やした「黄麹菌」で作られて来ました。




このように、日本醸造学会では、麹菌を国菌として、定義しています。
見学者E:先程麹を作る作業を動画で見ましたが、蒸米に振りかけている粉が「種麹」ですか?学校の授業では、麹は麹菌の作る酵素を利用していると学びましたが、ビールの麦芽も酵素を利用しているとビール工場見学で見たビデオでは言ってました、酵素について少し違いがあれば説明下さい。ついでに、同じ醸造酒として説明された、ワインとの違いも出来たら簡単に説明して下さいませんか?
説明者K:始めに麦芽と麹の違いを説明します。麦芽は、読んで字の如く、麦が発芽をした状態で乾燥させたモノです。エジプトのピラミッド壁画に描かれている様に非常に古い歴史を持っています。実は、麦に限らず、穀類の種が芽を出し成長する仕組みを上手に利用します。




穀物の種子が水に浸かると、胚で植物ホルモンが作られ、種子の外側にある糊粉層に至ると、糖化酵素が作られ、酵素の働きで胚乳にある貯蔵澱粉が糖に変わり、生長に必要なエネルギーが生み出される。発芽を始めた適当な時期に成長を止め乾燥させると「麦芽」になる。使用時に粉砕して用いる。同じように麦芽と同じ酵素利用を目的とするカビによる「麹」は、麹菌の生理作用を麦芽とは異なるが、うまく上手に利用しています。




次に米麹について説明します。製麹操作は、動画で見られた様に、蒸米を適度に冷まし、種麹と呼ばれる麹菌の子供(分生胞子)を散布します。植物の種と同様に芽を出し、根を延ばすかのように、菌糸を蒸米の表面、更に表面から内部へ延ばして行きます。延ばす理由は、自身が成長し子孫を残す為の自然な営みと考えます。蒸米の内部に菌糸を延ばすときに菌糸の先端部分から酵素が蒸米に分泌されます。この分泌された酵素で、澱粉を糖に変え成長のエネルギーを生み出し、同時に体を伸張します。ここで作られる酵素を酒造りに活用しています。空気中を延びる菌糸には、酵素の生産は殆ど無く、蒸米内部に延びていく菌糸の周辺に酵素は蓄積されます。麹の成長に伴う代謝生産物は、一次の酵素の他に、二次に生産されるビタミン類も次の工程である酒母や醪中の「酵母」の増殖活性に非常に重要な物質です。
見学者B:難しいですが、何だか、ビデオで見た、植物の根の働きに似てますね?
説明者K:そうですね、後ほど紙の資料を差し上げます。興味を覚えた処は、自分で確認下さい。今は非常に便利な時代です。酒造りに関する事は、日本醸造協会誌で、論文はじめ記事や総説もほぼ創刊から、ほとんど全てWebで調べが付きます。また質問もメールで可能ですし。
見学者D:先程のスライドの説明に、種麹は専門の業者がいて、各社で保存している麹菌を選択して種麹を作り分け、酒造家は、その中から自社の造りに合うと思う種麹を選択し、造りの設計をしていると話されましたが、麹屋さんについて少し説明頂けますか?
説明者K:では、少し長くなりますが、「一麹、二酛、三造り」と言われ、話せば、三つを絡めて話すことになります。現在の酒造りに至る酒造の歴史に重なる麹の歩みを話します。

勝木 慶一郎氏 紹介

・醸造家酒造歴:50年、佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善、SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く

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