コラム勝木氏 コラム

勝木氏 コラム

第三話「蔵は老化しても、蔵内は老化させるなかれ」

「 秋洗い (あきあらい) 」


日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第三話です。

 さしもの暑さも彼岸(ひがん)(2020年の秋の彼岸は、秋分の日9/22を中日として前後3日、計7日間を指す)を過ぎて落ち着きを取り戻します。10月1日、夜の帳がおりる頃あちこちで虫の音が涼しさを運んできます。虫の音に誘われて高瀬川辺に足を運ぶと大黒蔵の空にはぽっかりと満月が浮かんでいます。古(いにしえ)より「中秋の名月」と謳われ見事な満月を見る事が出来ます。中秋の名月は、四季(春夏秋冬)の一つ秋の真中の月を指し、旧暦(太陰太陽暦)の8月15日に出る満月を指します。旧暦は月の満ち欠けを一月(ひとつき)とします。新月(闇夜(やみよ))を朔(さく)と呼び、月の始まりとし、上弦の月(右半分が明るい)から待(まつ)宵(よい)(小望月(こもちづき))と続き、名月すなわち満月を望と呼び月の中央になります。やがて下弦の月(左半分が明るい)から新月に至る一周期を旧暦の一月としました。


        2020.10.02. 18:40 大黒蔵にぽっかり満月がでた。

 昔から「お月見」と言って、朝晩の空気も澄み、空は高くなり、月が最も身近に大きく見える今晩、このさやけさは格別です。私たちは寒くなる前のひと時、過ぎゆく季節を懐かしみ、月の淡い光に安らぎを覚え、秋の夜長を愛で「お団子」お供えして一夜を楽しみます。京都の伏見では、お供えの「月見団子」は「里芋(さといも)」の形を模しています。里芋は東南アジア原産の「タロ芋」の仲間で大陸から伝来し、日本に稲作が定着する遙か遠い昔の記憶を懐かしく思い出させる食文化を今に伝えています。別名、芋(いも)名月(めいげつ)と呼び里芋を供える地方の農村も多いと聞きます。
月見が終わるといよいよ、原料米「山田錦」の収穫も始まります。



         伏見の月見団子 中秋の名月前3日間のみ販売


今年も蔵入りの日取りが10月19日に決まり、「秋洗い(あきあらい)」の真っ最中です。大黒蔵は、入り口の蔵から「前蔵」「中蔵」「仕込み蔵」と呼んでいます。中蔵の入り口に扁額があります。蔵内の手入れの大切さを伝えています。この扁額は、小穴富士を先生の書に成ります。小穴先生は、「 経済と吟醸 酒造要訣 」の著者として、今に至るも至宝、私達のバイブルといえる酒造現場に役に立つ技術書を著されました。1952年大阪醸友会出版 (最近リバイバル書籍もでました。)



   第8代当主 松本治平が提唱し旧友、小穴富士雄博士が揮毫す。 1973

蔵内の壁は、「漆喰壁」から耐火ボードに更新され木造の防火を計りながら、白色水性塗料で上品に仕上げられています。縦柱は「杉材」と横柱は「松材」で構成され木材の表面(おもて)は、「柿渋引(しぶびき)」といい、防虫効果と雑巾を掛ける時の滑りを良くし、作業性の向上を計ると同時に時の経過で蔵の雰囲気に調和する落ち着いた色合いを醸します。よって昔から毎年、梅雨明けの夏の時期に蔵人自からの手により新しく「柿渋」を塗り重ね、時を経てますます色つやを増してきいきます。


          「渋引き」作業                  「ユータックS-13」塗装作業



           「仕込み蔵」のブラシ掛け水洗作業

蔵の床は、従来の「三和土(たたき)」からコンクリートに変わり、更に近年は表面を「エポキシ樹脂」で塗装し、毎年痛んだ部分を補修した後に塗装を全面更新します。やがて、気持ちも新たに次の新らしい酒造年度に入ります。
※ 新酒造年度は、7月1日から翌年6月30日迄を「元号○○BY」Brewing Year と呼びます。2020年は、令和2酒造年度、R2 BYと私達は呼びます。
「仕込み蔵」のブラシ掛け水洗作業は蔵人総出で行います。仕込み蔵の床は、三和土土間の古(いにしえ)の時代には、梅雨時には青カビが繁殖し緑一面になったが、やがて1930年代にコンクリート土間となり豊富な井戸水を使いブラッシングで流し洗いが行われて清潔を徹底して追求してきた。しかし、現在は、「蔵入り」と称す仕込み開始直前の大掃除以外は、水で床を洗う日常作業を出来る限り減らし、樹脂塗装で皮膜された床を箒を用い、また電気掃除機で埃を吸い、必要に応じモップ掛けで清掃する新しい習慣になっている。3Sと呼称し、掃除(souji)、整頓(seitonn)、習慣(shuukann)を日々の標語にしている。HACCP ハサップの施行に伴い作業手順の見直しを蔵人がそれぞれの作業区分に分かれて文書化とチーム編成に日々取り組んでいる。

勝木 慶一郎氏 紹介

・醸造家酒造歴:50年、佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善、SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く

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