コラム

勝木氏 コラム

第十六話「浮秤」

日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第十六話です。
今回は「浮秤」について、歴史を踏まえて詳しく解説して頂いています。


     酒母、醪からの藪田式圧搾機濾布によるサンプル濾液の採取


現代の清酒製造は、先にVol.15の「醗酵管理」の中でタンクの形状について述べたように醪の品温をコントロールして品種や精米歩合毎に異なる醗酵経過を安定させ酒質の再現性に日々努めている。では何を根拠に温度制御の目標値を設定しているのでしょうか?
松本酒造では、毎日決められた時刻に酒母、醪から何れも漏斗と濾布を用いて濾液を採取し、液体部分の比重を振動式密度計によりボーメ値として、さらに蒸留してアルコール分の変化の傾向を判断し品温の管理に反映し管理を実行している。酒造の歴史の中で、いつ頃からボーメを用いて管理を始めたか確かで無いが、小穴富士雄先生の「酒造要訣」1951.12 第4章 酒母 p-149~151によれば、次の様に書かれている。 『比重計は殆どボーメ計を用いる。これは酒母濾液について計るのであるが、温度の相違で示度に差が出るから、温度換算表を備え置くことと、正確な計器を用いる事が大切である。澱粉の分解では、米の澱粉が麹の作用によって液化しデキストリンとなり又糖化して糖分に化成することは酒母の前段に於ける最も重要な部分を占めている。続けてデキストリン化・糖化が進んで来るとエキス分が増してくるから比重が大となる。酒母の比重を計るには通例ボーメ計を用いる。

【エキス分】
エキス分とは100℃で蒸発せずに残る成分の総称であって、内容は糖分・糊精・酸・蛋白質・アミノ酸・グリセリン・灰分・脂肪等である。ボーメ計は浮秤の一種であって、次の式によって目盛りを現したものである。
D(密度)=144.3/144.3-Bé (ボーメ度)
大体ボーメ1度は溶液100g中食塩ならば1g、葡萄糖ならば1.81gに相当する。
エキス分の内容が糊精であろうと、葡萄糖であろうと、溶解量が大であればボーメ計は高く現れる。ボーメ示度だけで見れば酒母は随分早くから高い示度を見るもので、これが相当長い期間にボーメ度の内容に種々の変化が来ることが判る。澱粉が糖化する率は何%がよいか。見掛け上の溶解度であるところのボーメ度ばかり高くても駄目である。「ボーメ度高きを欲せず、内容高き糖化率高きを尊ぶ」これこそ酒母造りの鉄則といってよい。』
以下は、私が酒造に携わって後、必要に応じて学んだ内容で隙間を埋めてみたい。物事を理解するには、過去に遡り術語から一ずつ理解する必要が生じる。振動式卓上デジタル密度計が実用化され酒造の現場で活用される以前は、ボーメ値とアルコール分は「浮(ふ)秤(ひょう)」とよばれる“浮きはかり”で測定されてきた。


          上段:日本酒度計 下段:酒母用ボーメ計

【浮秤】
浮秤で液体の比重が計れる原理は、「アルキメデスの原理」Ἀρχιμήδης、【紀元前287年 - 紀元前212年】による。浮力の発見説話として伝わる物語は、イタリア半島南部にあった古代ギリシャの植民都市シュラクサのヒエロン王が2つある王冠のどちらが正しく純金製か?証明しなさい。と下問した。

1)空気中で釣り合う同じ質量



2)釣り合う王冠を水に沈めたらバランスがくずれた。



アルキメデスは、お風呂の中で考えたと伝えられている。空中で釣り合うには、質量は同じ、水中で釣り合いが取れない理由は、何らかの力が働いたに違いない。重力に逆らい浮かぼうとする上向きの力を浮力と呼ぶ。その時、浮かぼうとする力は、それぞれの王冠に等しく働くはず、片方に多くの力が働く理由は、体積がちょっと違うと考える。同じ質量で体積が違うのは、王冠に使用された純金に混ざり物があり、密度が異なるのではないだろうか。上に傾いた王冠には、混ぜ物が細工されているに違いない。「ヘウレーカ,ヘウレーカ」と叫び風呂を飛び出したと伝えられている。

【浮力】
浮力とは、流体(液体、気体)の中の物体が受ける「浮く力」です。
体積を有する物体が水中にある時、物体の側面にはたらく圧力は対面同士でつり合うので合力は 0 と考える。物体の上面を押す圧力を P1 [Pa]、下面を押す圧力を P2 [Pa]、上面までの深さを h1 [m]、下面までの深さを h2 [m]、大気圧を P0 [Pa]、水の密度を ρ [kg/m3]、物体の体積をV [m3]、上面、下面の面積をS [m2]、高さをh[m]、としたとき、浮力は、(下面を押す力P2 - 上面を押す力P1 )の差であり、浮力を F [N] とすると、次のように表すことができる。 F =(P0+ρh2 g)S - (P0+ρh1 g)S=ρS(h2 - h1)g =ρShg=ρVg
浮力は、水の密度×水中の物体の体積×重力加速度=「重さ」と言える。

【質量と重さ】
質量とは「物体そのものの量」を表し、上皿天秤、最近では電子天秤で秤り、単位は、gやkgで表示する。重さとは、物体に働く重力の大きさを示し、単位はN(ニュートン)で表示する。
二つの違いを明確に示すモデルが、地球上で60kgの体重の人は、月面では1/6の10kgとして秤に示される。この時月の重力が地球の1/6であるためにこのような表示となる。さらに、この場合に天秤を用いて、片方に60kgの分銅、片側に人の状態で釣り合いが取れれば、月面でも同様に釣り合う。重力が違っても両方を同じ引力で引くために釣り合いは取れる。物体そのものの量は変わっていないのに、月の重力が、地球の重力よりも引っ張る力が1/6と弱いので、バネを使う上皿天秤ではかった時に重さが変わってしまったと考える。
天秤という漢字は、釣り合う状態を見事に表現している。



https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/grageo_gravity.html


【密度:density】
・単位体積当たりの質量のことを密度という。SI単位系では、密度の単位は [ kg/m3 ] で表す。[ g/cm3 =1000kg/m3]
・密度=物の質量÷物の体積(大きさ) 式で表すと ρ(密度)=W (質量)/V(体積)
密度と比重は、混同されやすい。しかし、実用上問題が少ないため混同が許される点もまた現実である。現実には、卓上式デジタル表示振動式密度計が比較的安価で実用化されるまでは、アルキメデスの古い時代から定義として認識されていても、溶液の密度を精度良く測定し実用化される事は非常に困難を極めた。10世紀ピクノメーターによる精密な測定が確立された。18世紀にはガラス製の目盛り付き浮秤が実用化され比重として測定されワイン醸造の現場で実用化され、やがて我が国にもたらされ「日本酒度」を生んだ。

【比重:specific gravity】
・比重とは、ある温度で、ある物質の密度(単位当りの質量)と、基準となる標準物質の密度との比であり、無次元である。
・比重=物の密度(g/cm3)÷水の密度(g/cm3) 比重は同じ物理量を割るので単位が無くなる。
・計量法における定義は、比重 = 物質の質量 / 物質の体積と同一の体積の水の質量
条件は、基準物質を4℃の水とし、標準大気圧下の体積とする。
・水の4 ℃ での標準大気圧下の密度は 999.972 kg/m3 (0.999 972 g/cm3 )で、1 g/cm3 に近いから、比重とSI単位系で表した密度の値とは、ほぼ同じ値となる。


       質量と密度と体積の関係図





【酒税法と浮秤】
酒類の製造と出荷流通は、酒税法を守り滞りなく徴収する事が義務づけられ免許が下付されている。さらに実際の酒造に関する諸分析には、酒類の成分の測定方法を標準化する「国税庁所定分析法(訓令)」があり、その解説書として、所定法注解がある。
数回改訂が行われ、随分簡素化され薄い本になりました。第三回改訂版が詳細に記載。
浮秤についても、比重の測定は、すべて浮秤によることになっており、清酒は日本酒度浮秤を酒母、もろみは、比重浮秤を用い、濃度の測定もアルコール分については酒精度浮秤を用いる。比重の補助計量単位として、軽ボーメ、重ボーメ、日本酒度がある。液体の濃度と比重との関係がわかっていれば、比重の測定により直ちに濃度を知る事が出来る。比重や濃度の測定法には、ピクノメーター(比重瓶)、比重天秤法や浮秤法があるが、浮秤法は精度の面では二者におとるが、設備をあまり要せず、手軽に測定でき、濃度についても、その濃度を目盛ることが出来るなどの点でまさり、今に至るも、もっとも普通に使用されている。

【ボーメ計】
ボーメ度は、(仏) Antoine Baume [ 1728-1804 ]にちなみ呼ばれており、重ボーメと軽ボーメがあり重ボーメ度とは純水の浮標血を[ 0°Bé]、15%食塩水の値を[15°Bé]として、この間を15等分し、拡張表示したものである。軽ボーメ度とは純水の浮標値を [10°Bé]、 10%食塩水の値を[ 0°Bé]として、この間を10等分し、拡張表示したものである。
・重ボーメ度:(1-1/比重)× 144.3   測定15/4℃ (水より重い)【Baumé degree】
・軽ボーメ度:(1/比重-1)× 144.3+10 測定15/4℃ (水より軽い)
今となっては正確な事情は判らないが、最近のネット検索で見る事が可能になった醸造協会誌を初巻(Vol.1 1906 M-36 No.1)から通して「ボーメ」で検索すると、大凡次の様な経過が見えてきた。やはり酒母についての記述が多く、いかに安定した酒母を造るかに重点があったように窺える。ボーリング屈折糖度計とボーメ比重計が使用されている。やがて「酒・清酒メーター」として日本酒度につながる浮秤目盛りが税務監督局の先生達により創意工夫が試行され精度と使用範囲が広がっていき、現行の日本酒度へたどり着く。

【日本酒度】
・日本酒度(清酒メートル):(1/比重-1)×1443 測定15/4℃ 【Sake metre value (SMV)】
清酒醸造においては、比重値は、結構幅が広い。ボーメを参考に応用し、清酒醸造に関連する液体の比重を表示するために創作された清酒醸造に適した単位に「日本酒度」があり、濾液の比重をボーメ度と日本酒度に分けなじみの良い数値に変え操作の指標としている(ボーメの表示は、比重の数値を軽ボーメと重ボーメを二つの目盛りに分けて表示するために繋がりが判りにくい、清酒の比重をより解りやすくする為に設けられた単位)。
密度(15℃)0.9796=日本酒度+30 とし密度(15℃)1.0212=日本酒度-30とする。
一方ボーメ値は、密度(15℃)0.99997 をBé [0.0]とし、密度(15℃)1.0212=Bé[3.0]
ボーメ値 3.0 を10 倍に拡大し水より重い(比重)にマイナス記号(-)を付け、水より軽い方に(+)記号を付けて表示する。
日本酒度=(-)10×ボーメ度 の関係があり、もろみの日常分析において、段々比重が軽くなり、「もろみが切れる」と表現する事が多い。ボーメ3(日本酒度-30)を切ると分析試料は4倍程度多く必要となるが、あえて日本酒度計に換えてより詳細に数値を読む。
純水4℃の比重は、1であり、日本酒度は(1/比重-1)×1443で±0となる。(振動式密度計で純水を日本酒度で表示すれば、+1.26とでる。本来は、製造管理指標であるが、清酒の甘味は糖分に由来し、糖含量が多くなれば比重が大きくなり、日本酒度は(-)側に振れる。また清酒の辛味はほぼアルコールに由来するもので、アルコール含量の多い清酒は(+)側に傾く。したがって、甘いものは(-)辛いものは(+)側へ傾くので、日本酒度は清酒の甘辛を知るための指標とされてきた。かつて清酒に級別表示があり、アルコール濃度区分が標準であった時代には会話の中で普段に用いられてきた。現代では、製品のアルコール分の幅が広くなり、(±)だけでは、甘辛は簡単に表現できない。


               各種浮秤示度対照表

         注:第3回改正所定分析法注解をそのまま記載


【ワイン醸造で用いられる比重計】
・フランス、ブルゴーニュ地方モレサンドニ村の醸造資材店で購入した比重計
・メーカー: Alla FRANCE 2001TC-10/20  http://allafrance.com/
・購入価格:@40€  4,400-円 ( 2017.7 )

観察:竿の部分は、表示が表は、密度(比重)0.999-1.120、0.01 を 10 等分に、
裏には、比重値 1.025 に対応し3%、1.120 に対応し 17%のアルコール%表示
胴体部分は、バラストに鉛玉、中空部分に0℃から40℃表示の赤色温度計を内蔵装備している。length: 315 mm Scale part 3mmφ


               表 密度(比重)値



               裏 アルコール%

興味深い表示: % ALCOOL PROBABLE 1683g grammes de sucre par hectolitre generent 1% d'alcool probable



               胴体 内蔵温度計



ECC 規則 17.09.1990 により校正しています。16.83g de sucre par litre de mount produisent 1 % d'alcool
・添付されている説明書の解説




表は密度に対応する、葡萄酒もろみ中の糖分量(Suger in g/l )と生成するアルコールを表にしている。(この表がEC の規則により校正されている)
例:Suger in g/l が 336.7 の時、生成されるアルコール%は、20 vol% と成ります。
336.7 を 20 で割れば、16.835 となり、16.835g の糖分で 1%のアルコールが出来る。
単純に計算すれば、1mol のブドウ糖から 2mol のアルコールが生成する。
16.835g のブドウ糖からは、8.604g/l=0.864%(質量%)のアルコールが生成する。
※ 質量%を容量%に換算すれば、大凡1%の生成になる。
この浮秤はある時点のもろみ密度から生成するアルコール%を直読推定出来る。
したがって、発酵前のもろみ糖分を推定し、補糖の目安を示すことが可能となる。
考察:我が国の「日本酒度計」とは違った発達をしている。温度計が簡易であるが内蔵され、工夫されたただ一本の比重計で、ワインの醪濾液の比重を見れば、現在とさらに最終の醗酵終了時のアルコール分が推定でき、エキス分の不足分を補糖で補う場合の補糖量の表が添付されている。



             - Morey-Saint-Denis -

ブルゴーニュの丘陵地に葡萄畑は広がっている。ワイン醸造は、あたかも浮秤一本でもろみの管理が行われている様に見える。しかし、簡単には侮れない、醸造資材店の奥に素晴らしい機器分析室があり有償契約による巡回サービスで醪からのサンプルの収集と併せてブドウ圃場の土壌分析も行いデータに基づく指導を行っている。国内の医療現場でよく利用されている院外依託分析と同様なシステムで、分析データはメールで素早く通知される。

【酒精計・アルコール浮秤の実際】
現在、市場に流通している「酒精度浮ひょう」の目盛りは、平成24年(2012年)3月1日に施行された特定計量器検定検査規則に基づき、国際法定計量機関(OIML)が採択している「International alcohometric tables」に準じた「国際アルコール表」に対応したものとなっているが、このアルコール0-100% 間の密度は、15℃において、0.99910g/cm3から0.79351g/cm3にあり、直線式で表せない。
PMDA:独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA;Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)によるアルコール濃度区分毎の近似式は次の様になる。



         https://www.pmda.go.jp/files/000163417.pdf



密度の勾配は、直線では無くA: 付近で緩く、B: 以降大きくなる。
密度の変化の割合をグラフに示すと次の様になる。



アルコール20%前後が、アルコールの変化に対して一番変化が緩やかになり、清酒における使用頻度が高い区分にあたり、10本組でセットしても浮秤の精度が極めて難しくなる。


【浮秤の精度を困難にする要因】



浮秤の精度を高めようとするとき、様々な困難が待ち受けている。
1)アルコール分の密度に対する勾配は、直線式で表せないし、密度の変化する割合がアルコール分20%前後で一番緩やかになっている。清酒用酒精計の難しい区分となる。
2)アルコール計は、完全に液体中には無く、液中の浮力タンクと表示部分の頸部は空気中にある。上向きの二つの浮力と重力ともう一つ“表面張力”が下向きの力として作用する。接液部の表面張力の不安定さは、浮秤の示度を不安定にする要因でもあり、メニスカスを読み取る困難もここに生じる。細いガラス計器の保守管理も難しい。
3)“酒精計の器差補正付標準計”には、計量検定実績表が添付されている。衡量法により浮秤目盛りの誤差を補正し、アルコール区分毎に±で記載されている。この誤差の要因は、種々あるが、目盛りを表示している頸部のガラス円柱部分の体積変化の影響が大きい。目盛りは頸部の長さに対し、均等に割り振られるが、頸部の体積の精度は浮力の差に表れる。頸部を細く長く作れば精密さは増加するが、計器の本数が増え、表示範囲の中央は良としても、アルコール区分の低い値と高い値、両端の精度が落ち、次の計器へアルコール分が連続に繋がりにくい。

【実用計器の実態】
A: 水銀使用計器 13-18 % YO酒造用標準計器61型    質量:36.478g


B: 鉛玉使用計器 13-18 % TOMO東京百木局型標準計器 質量:49.515g


※ 浮秤のバランスを水銀から鉛に変更するだけで体積の大きさは、20%ほど大きくなる。
最大の欠点は、胴体が大きくなり、目盛り部分が太く短くなり目盛りの精度が落ちる。

ここに2種類の酒精計がある。アルコール分10~18%を計る事が出来る。全長は233mmで同じだが、アルコール分の表示される「竿」の長さは精度に関係し、浮力タンクの容積にも違いがある。その違いは、底部に配置されている「weight」の材料が異なる。バラストにA型の方は、水銀が使用され、B型には鉛玉が使用されている。さらに現在では、ステンレス玉が使用され、浮力タンクが大型化し浮秤を浮かべる為のシリンダーも大型化し、伴って分析に必要なサンプル量も従来の100mLから120mLを超える量が必要となっている。食品の安全性の向上には必須の条件であるが使用には不便を来す。



       YO基準器検査成績書付き 10本組酒精計 0.1Vol% 15℃


【清酒醸造における工程管理に浮秤が果たした役割】
現在は、振動式密度計により、酒母におけるBé 15度から醪末期の日本酒度±0度まで広い比重(密度)範囲を15℃の恒温で簡単にいつでも、誰でも、正確に、再現性良く測定できる。しかし、密度計が普及した現在においても、浮秤で液体の比重を計るには相当な困難を現状でも伴い、分析者の習熟と専門性が重視される。質量と密度と体積の関係図を見てほしい。先に清酒醸造の分析は、所定分析法に記されている方法を標準としている。

1)サンプルの採取量が問題となる。酒母や醪初期に必要な量の濾液を採取する事がいかに困難な作業であるか?ワインやビールとは大いに異なる性状をしている。そのために酒母用のボーメ計は極めて小型に3本組(Bé 0~15)として設計されている。

2)清酒醸造全体を精度良く浮秤によりボーメ、アルコール度を測るには、用意する浮秤は最低次の様な測定区分に従い用意する必要がある。①酒母用小型計器 Bé度 0~15で3本組 ②日本酒度計(+)30 ~(-)30 1本 精密測定用(吟醸用)(-)10 ~ (+)10 1本 ③酒精計測定範囲 0% ~ 100%まで10本組 1ケース 精密測定用酒精計13 ~ 18% 1本程度を揃え、更に検定器差補正付きを購入するには順番待ちを含め非常な労力を要した。

3)シリンダーにサンプル100mlを入れる。静かに浮秤を入れて静止した時に浮秤の目盛り、メニスカスを考慮して読むが、浮秤の各部からシリンダーの内壁及び底面までの距離が5mm以上ある事が条件となる。

4)濾過して調整した測定する溶液の温度を15℃に、シリンダー、浮秤、全てが同一温度に安定し計測する原則がある。もっとも温度換算表が用意されているが、四季それぞれ温度の変化の激しい気候で、仮に恒温水槽内に静置したとして、分析室の温度と浮秤を揺らさない中で極める事は相当な困難を伴う事が想像できる。例えば、サンプル側から現象を観察すると、サンプル100mlの質量は変化しない。その時密度に釣り合う体積に相当する浮力が示す竿に刻んである目盛りがアルコール分となる。温度が変化すれば、体積が変わり、従って密度も変化する。浮秤側から観察すれば、サンプルの体積が温度で変化すれば、従って密度も変化し、浮秤の浮力も変化する。密度に釣り合う体積に見合う浮力に従い目盛りの位置にふさわしいポイントへ浮き、沈みする。このように液体の密度(比重)を正確に素早く計るには、分析者の習熟と性格に起因する「もやもや」が常に付きまとってきた。
分け入っても、分け入っても深い森に道筋を付け今日の安定した酒質にたどり着く迄に相当長い月日を重ねてきたと思うとき、先人の苦労と、振動式密度計が酒造現場にもたらした恩恵は計り知れない。しかしながら、西洋近代科学知識を輸入し、清酒醸造に科学のメスを入れ、精密精巧なガラス器具を製作し、敢然と挑戦した勇気と努力、支えた職人達に感謝を捧げたい。今では、かつての踏み分け道が舗装され、オートマのファミリーカーでナビを見ながら走っている。振動式密度計により、比重計として浮秤の役割は、終わってはいない。ただレギュラーとしての出番が少ない、ここ一番の代打としてメンバー表に残るだろう。さらにBéの記号、呼称のボーメ、日本酒度(SMV)も使用され続けるでしょう。


参考文献
・小穴富士雄『酒造要訣』 (財)日本醸友会大阪支部 1951
・第三回改正国税庁所定分析法注解(1973)(注解編集委員会)日本醸造協会
・米澤 慎雄・ 小山 淳「電子天びんと振動式密度計を用いたアルコール度数測定法」
日本醸造協会雑誌 Vol.104 No.5 p387-392 (2009)
・若林 三郎・小山 淳・佐藤 泰崇「アルコール度数測定における浮ひょう法と振動式密度計法の比較」日本醸造協会雑誌 Vol.102 No.2 p155-159 (2007)
・若林三郎「清酒業界における密度の測定について」 秋田県総合食品研究所報告
No.9 (2007) p. 27-34

勝木 慶一郎氏 紹介

・醸造家酒造歴:50年、佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善、SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く

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